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さようなら、原口元気

埼スタに、原口元気の移籍前最後の試合を観てきました。ナビスコカップ予選の最終節、相手は名古屋グランパス。結果は 5-2 で完勝。原口元気について語るには、6 年ほど遡らなければなりません。

2008 年 7 月 31 日、僕は埼玉スタジアムにいました。浦和とバイエルン・ミュンヘンの親善試合を観るためです。試合自体は 2-4 で負けてしまったのですが、ドイツ王者相手に 2 点を奪うなど見所の多い試合でした。

その試合で最も強烈に印象に残った選手は、ハットトリックを決めたポドルスキでもなく、オーバーヘッドシュートを決めた阿部勇樹でもなく、途中出場でプレーしていた浦和の若い 2 人の選手でした。一人は浦和から昨年まで千葉へレンタルで移籍しており、今季から神戸のユニフォームを着ている高橋峻希。そしてもう一人は、僕が同い年ということでプロ契約前から注目していた原口元気でした。

この試合で、僕は完全に原口元気の虜になりました。自分と同い年の選手が、ドイツ最高峰の守備陣を相手に勝負を挑んでいる。特に左 45 度の位置でルシオを置き去りにしたシーンには度肝を抜かれました。

以降、成長を続ける原口元気の姿に自分自身を重ねたことも一度や二度ではありません。確かに彼はピッチの外で問題を起こすことの多かった選手でもあります。しかし、その度にピッチに戻った彼はプレーで貢献を続け、今日という日までサポーターに愛され続けてきました。

選手としての原口元気を形容すると、「とにかく貪欲で負けず嫌いなドリブラー」といったところでしょうか。特に左 45 度の位置からのカットインが十八番で、その得意エリアは「元気ゾーン」とも呼ばれていました。彼のプレーを思い起こすときに、まずあのポジションからのドリブルを想像するサポーターは多いと思います。

2008 年から比べると、彼のプレースタイルは本当に幅が広がったように思います。これまで、原口はサイドでボールを受けるとドリブルを選択することが多い選手でした。しかし、 2-6 で大勝した昨年のアウェー柏戦のように、ゴール前にドンピシャのクロスを送るようなプレーも増えてきました。

さらに、今年に入ってからは磨きのかかったトラップや的確なサイドチェンジを織り交ぜて、特に開幕数試合は完全に攻撃のキーマンとなっていました。今日の李忠成のゴールをアシストした際には、昨年の柏戦でマルシオに送ったものと同ようなパスを右サイドから供給。ひとつ前のプレーからの流れで柏木とポジションチェンジした直後の動きでしたが、左右どちらからでもあのようなパスを出せることを証明しました。

毎年成長を実感できる選手であっただけに、今回の移籍は寂しさが残ります。しかしその寂しさと同じくらい、ドイツで頑張ってこい、と声をかけたい気持ちもあります。

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彼は常々、「浦和を出て行くとしたら、移籍金を残して行きたい」と言っていました。また、「レッズに所属する間にタイトルを獲りたい」とも語っていました。片方の夢は果たされないまま、原口はドイツに旅立ちます。今日の MDP で清尾さんも書いている通り、小野伸二が浦和からドイツに移籍した時には、彼が再び浦和に戻ってくることを想像することは難しかったのかもしれません。しかし、日本から海外へ挑戦し、再び日本で活躍する選手が増えた今、成長した原口元気が再び埼玉スタジアムのピッチを踏み、そしてタイトルを掲げる日に期待せずにはいられません。

原口はヘルタと 4 年契約を結んだと報じられています。海外で複数のクラブを渡り歩いたとして、彼が浦和に戻ってくるとしたら 29 歳あたりでしょうか。その時、僕はもちろん浦和のサポーターでいると思いますし、彼に負けないように強く生きていたい、そんな勇気をもらった原口元気の移籍前ラストゲームでした。